「中学受験」と聞くと、どんなイメージがありますか?
大量の宿題。
夜遅くまで塾。
毎週のテスト。
偏差値。
親子バトル。
少し前までは、私の中でも「中学受験=かなり大変なもの」というイメージが強くありました。
実際、我が家の息子の受験は、どちらかというと“ガチ受験”寄りでした。
塾中心の生活になり、テスト結果に一喜一憂し、スケジュールもかなり受験優先。もちろん本人も頑張っていましたし、親も必死でした。
だからこそ、中学受験とは「かなりエネルギーが必要なもの」という感覚が、私の中には強く残っていました。
そんな中、娘の受験は、いわゆる「ゆる中受」に近い形でした。
最近よく聞くようになった「ゆる中受」。
今回、&あんふぁんの寄稿記事を読んでいて、「あぁ、うちの娘の受験ってこれに近かったんだな」と改めて感じました。
▼寄稿記事はこちら
https://enfant.media/uncategorized/162879/
記事では、「無理なく続けられる学び方」や、「その子に合った受験」を選ぶ考え方について紹介されています。
これを読んでいて思ったのは、受験って本当に“家庭ごとに正解が違う”ということでした。
「塾なしじゃ無理?」という空気
中学受験を考え始めると、多くの家庭がまず不安になるのが、
「塾に行かないと無理なのでは?」
ということだと思います。
実際、周りを見れば早い子は低学年から通塾していて、SNSでは「小3から先取り」「毎日3時間勉強」なんて言葉も普通に流れてきます。
その空気を見ていると、
「うちはそんなにできないかも」
「そこまでしないと受からないのかな」
と不安になる気持ちもよくわかります。
もちろん、難関校を目指すなら相応の努力や勉強量は必要です。
息子の受験を通して、それもすごく実感しました。
ただ一方で、娘の受験を経験して思ったのは、「中学受験にはいろんな形がある」ということでした。
娘の受験は“穏やか”だった
娘も塾には通っていました。
なので完全な「塾なし受験」ではありません。
ただ、いわゆる“受験一色”という感じではありませんでした。
夜遅くまで大量の宿題をこなすようなスタイルではなく、偏差値的にも最難関を目指す受験ではありませんでした。
「本人に合う学校を探そう」
「無理しすぎない範囲で頑張ろう」
そんな空気感だったと思います。
だから、最後まで比較的穏やかでした。
もちろん大変な時期はあります。
模試の結果に落ち込むこともあるし、「本当に大丈夫かな」と不安になる日もあります。
でも、息子の時のような張り詰めた空気とはまた違いました。
親も子も、ある程度余白があった。
それが、今振り返るとすごく良かったなと思っています。
ガチ受験を否定したいわけじゃない
ここで誤解されたくないのですが、私は“ガチ受験”が悪いと言いたいわけではありません。
実際、息子の時は本当に頑張りましたし、その経験から得たものもたくさんあります。
努力する力。
継続する力。
目標に向かって積み上げる経験。
そういうものは、受験を通して確実に育ったと思っています。
だから、「ガチ受験」も一つの素晴らしい形だと思っています。
ただ、娘のゆる中受を経験して、「こんな受験もあるんだな」と感じたんです。
受験って、“常に限界まで追い込むもの”だけじゃなくてもいいのかもしれない。
その子に合う温度感がある。
それを実感しました。
低学年で本当に大事なのは「土台」
寄稿記事でも書かれていましたが、低学年のうちは特に、「どれだけ難しい問題を解けるか」よりも、“学びの土台”を作ることが大切だと思います。
・毎日少しでも机に向かう
・わからなくても考える
・勉強への苦手意識を作りすぎない
・学ぶことを日常にする
結局、あとから伸びる子って、この土台がある子だなと感じます。
逆に、小さい頃から「勉強=つらいもの」になってしまうと、その後かなり苦しくなる。
だから我が家では、「毎日少しでもやる」を大切にしていました。
YOUTUBEの代わりに
とはいえ、現実はそんなにきれいごとだけではありません。
子どもは放っておけばYouTubeも見たいし、ゲームもしたい。
もちろん息抜きは必要だと思っています。
でも、正直に言うと、ずっとYouTubeばかり見ている状態を、私は精神的にかなりしんどく感じていました。
「本当にこれでいいのかな」
「何もしなくて大丈夫なのかな」
そんな不安はやっぱり出てきます。
特に受験を経験していると、“何もしていない時間”への不安って結構あるんですよね。
だから我が家では、「勉強しなさい!」と強く言うより、“遊び感覚でできる学習”を間に入れるようにしていました。
RISUは「勉強への入口」としてちょうどよかった
その中で使っていたのがRISUでした。
RISUの良いところって、「始めるまでのハードルが低い」ところだと思います。
電源をつけたら、すぐ問題が出る。
何をやるか考えなくていい。
教材を探さなくていい。
親が全部準備しなくていい。
これって、忙しい家庭ではかなりありがたいです。
しかもタブレットなので、本人の感覚としても、“ガチ勉強”すぎない。
「ちょっとRISUやっとく?」
くらいの感覚で始められるのが良かったです。
我が家では、「YouTubeだけで終わるのはちょっと…」という時の、“学びへの入口”としてかなり助けられました。
もちろんRISUだけで受験が完結するわけではありません。
でも、「毎日少しでも学ぶ」という習慣作りには、とても相性が良かったと思います。
「無理なく続けられる」が意外と一番難しい
受験って、短期間だけ頑張ればいいものではありません。
だからこそ、「続けられるか」が本当に大事。
でも実際は、“無理なく続ける”ってすごく難しいんです。
つい周りと比べてしまうし、
「もっと勉強しないと」
「もっとやらせないと」
という不安も出てきます。
特に中学受験界隈は情報量が多いので、気づくと焦ってしまう。
でも、娘の受験を経験して感じたのは、「その家庭に合う形で続けられること」が結局いちばん強い、ということでした。
「こういう受験もある」で気持ちが軽くなる
中学受験には、本当にいろんな形があります。
全力で最難関を目指す受験。
自分のペースを大切にする受験。
塾中心の受験。
家庭学習中心の受験。
どれが正しいというより、「その子に合っているか」が大事なんだと思います。
我が家は、息子ではガチ受験を経験し、娘ではゆる中受を経験しました。
だからこそ、どちらにも良さがあると感じています。
ただ、娘の受験を通して、「穏やかな受験っていいな」と思ったのも事実です。
親子関係を壊しすぎず、日常を全部失いすぎず、それでも前に進んでいく。
そんな受験の形も、ちゃんとあっていい。
もし今、中学受験に不安を感じている方がいたら、「こういう形もあるんだ」と少し肩の力を抜くきっかけになればうれしいです。















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